超短期間で日本語を最高水準に引き上げ
母国で欠かせない通訳者として活躍する
通訳やガイドで得た日本文化への深い見識を生かし、
アラブ世界と日本を繋げるキーマンを目指す
氏名
Mohamed Saad Abdelbaky Elfeky(モハメッド・サード・アブドエルバーキー・エルフェキー)国籍
エジプト日本語能力
母国語レベル使える言語の種類
日本語 (母国語レベル)在住
東京都学校名
渋谷外語学院学部・学科
日本語科学年
---卒業年度
即就職可志望業種/業界
サービス志望職種
クリエイティブ系希望勤務地
関東、海外勤務学生団体
---日常または過去にどのような活動(例えば学生団体所属等)に力を入れていますか?または入れてきましたか?
私が過去にも、そして現在も真剣に取り組んでいるのは、日本語能力向上のための命がけの勉強です。私は、自分の興味のあることに対しては誰よりも没頭し、どこまでも妥協せずに追及できるという強みがあります。自分がそれを手に入れることができるのであれば、どんな苦労や困難も苦ではありません。私の場合、それが日本語でした。大学はエジプトのカイロ大学の考古学系でしたが、日本語への情熱が捨てきれずに必死に努力することになります。私は当時郊外の田舎に住んでいて、大学までは往復で6時間もかかりました。その時間をフルに使ってひたすら努力し続けたのです。当時通っていた日本語教室の先生が注いでくれた、私を成長させたいという熱意もひしひしと伝わり、私の勢いはさらに加速しました。日本語の勉強だけで一日にかけた時間は平均で7時間にも及びます。現在は日本語の能力はそれなりに高くなったとは思いますが、まだまだ自分の向上心は燃え尽きていません。今後も自分に厳しく、一つのことについてどこまでも追及する姿勢は変わることはないと確信しています。
その中で、自分の行動により得られた結果・実績を教えて下さい。
強い向上心にに基づいた誰にも負けない努力によって、私は2年間という短期間で日本語の通訳として、そして日本語の先生として教えるまでになりました。私は大学を卒業後、ガイドのライセンスを取るために専門学校に通っていましたが、何とまだ取得していない段階で日本の企業から熱烈なオファーが来たことさえあります。私はライセンスの取得を優先したかったので待って欲しいと提案しましたが、相手側はその期間の給料を2倍にするからどうしても来てほしいと頼み込んでくるくらいの必死さでした。最終的にアルジェリアに渡り、その会社で約1年半通訳として働きます。エジプトに戻ってからは、日本人に対応するガイドとして活動する一方で日本企業での通訳も継けました。通訳として働いた企業は誰もが知る有名企業が多いですし、政府間の通訳の経験もあります。このように、2年間という短期間で多くの会社から必要とされるまでの日本語能力を身につけることができました。今の自分にとって、絶対に欠かすことのできない貴重な財産です。
あなたが日本に来ることになった経緯を教えてください。
私は必死の努力で短期間に日本語を習得し、日本人のガイドや通訳として多くの経験を積んできましたが、残念ながら当時まだ日本を実際に訪れたことは一度もありませんでした。通訳は単に言語能力が高いだけで成立するものではなく、通訳する相手の国の文化や国民性など、バックグラウンドまで把握していることが求められます。私はこれだけの通訳をこなしてきたわけですから、日本の深いところまでしっかりと学んできました。必然的に日本の生活に興味が湧いてきて、実際に日本に行って暮らしてみたい思うようになります。これだけ日本人と関わっていてそれを仕事にまでしているのに、日本に行ったことがないというジレンマを解消したかったのです。そして私はまだまだ自分の日本語の能力を高めたいと思っているので、日本の語学学校への入学を決意したわけです。現在は渋谷外語学院で勉強しながら日本で生活しています。
日本でどのくらい滞在したいか、日本で何を成し遂げたいかなど、あなたの日本での今後のビジョンを教えてください。
まずは自分の日本語レベルの向上を目指します。そして将来的には日本で働くチャンスがあれば、喜んでそれを受け入れたいと思っています。
希望する仕事としては、たとえばアナウンサーなどが挙げられます。中東に関するニュースが日本に入ってきたら、私がそれを適切な日本語で日本人の皆さんに伝え、より深くアラブ世界のことを理解してもらいたいのです。
さらには自分の豊富な通訳の経験を生かして、日本でも通訳を行う、あるいは思い切って自らで通訳の会社を設立することも選択肢の一つではあります。
最近、残念なことにアラブ世界やイスラムに対して、あまり良くないイメージを持たれてしまっているケースがあります。私は正しくイスラムの文化を日本に伝えることでその考えを正し、イスラムに対するイメージを良くしていくアラブ世界と日本の文化の架け橋になるような存在になれたら幸いです。私は一つの目標に対してとことんまで突き詰められる能力がありますから、これからも目標に向かって突き進んでいきたいと思います。
[インタビュー日:2015年2月]