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スポーツという世界共通の営みを通じて
文化の壁を越えた世界の絆を作り出す

国際交流・通訳ボランティアなど幅広い活動も行い、
日系人の文化を世界に発信するリーダーとなる

Sharly Natsu Yazaki
シャーリー・ナツ・ヤザキ
ブラジル出身
日本ウェルネススポーツ専門学校 チャイルドスポーツ・ライフデザイン・コミュニケーションコース

氏名

Sharly Natsu Yazaki(シャーリー・ナツ・ヤザキ)

国籍

ブラジル

日本語能力

母国語レベル

使える言語の種類

日本語 (母国語レベル)
ポルトガル語 (母国語)
スペイン語 (ビジネスレベル)

在住

東京都

学校名

日本ウェルネススポーツ専門学校

学部・学科

チャイルドスポーツ・ライフデザイン・コミュニケーションコース

学年

2年生

卒業年度

2016卒

志望業種/業界

スポーツ
海外事業

志望職種

与えられた仕事ならなんでも

希望勤務地

ブラジル

テキスト見出し この留学生の雰囲気と日本語能力を動画で確認

日常または過去にどのような活動(例えば学生団体所属等)に力を入れていますか?または入れてきましたか?

まず、私の故郷であるブラジル・サンパウロ州の奥地にある、弓場農場というコミュニティでの活動が挙げられます。ここは非常に特殊で、ブラジル国内なのに日本語しか話されない場所です。幼稚園に入ってようやくポルトガル語に触れるような世界で、「耕し、祈り、芸術する」共同生活を送る農場です。かなり強烈な特異性を持っているため、海外からも頻繁に旅行者や学生の方が訪れます。現在農場には一世から四世まで26家族約60人が生活しており、住民全員が家族同然の存在です。その中で私は、自分が小さい頃から好きだった陸上を通じて住民の絆を強める活動を主に行っていました。小さな子どもやマスターズの大会を支援し、時には自分自身も出場して周囲の結束をさらに深めることに貢献しました。さらには地域の活性化やスポーツのための遠征費などに使用される資金集めをする日系団体の様々な行事にも参加しました。
陸上はその後も続け、陸上の強い大学で毎日真剣に練習し、指導者になるための努力を現在も続けています。

 

その中で、自分の行動により得られた結果・実績を教えて下さい。

小さい頃から真剣に取り組んできた陸上を通じて、「団体行動」の大切さを痛感しました。ブラジル人は一般的に団体行動が苦手ですが、地域での活動、ブラジルの大学や現在の日本の学校での仲間との練習で、私は周りと共存して生きていく素晴らしさを学んだのです。陸上をはじめとするスポーツは世界共通です。したがって、言葉が通じなくてもスポーツで分かり合えてしまいます。私は日本に来た当時はカルチャーショックや日本人と上手くなじめないこともありましたが、スポーツを通じて解決することができました。文化も言葉も違う人々を結ぶことのできるスポーツに私は更に魅力を感じています。
私の専門は走り幅跳びですが、過去の大会ではすばらしいコーチと環境に恵まれたため結果を残すことができました。中でも特に印象深いのはブラジル国内の日系人が集まる大会で準優勝を果たしたことと、大学生が支援するブラジルで一番大きなイベントであるUNESPと言うサンパウロ州立大学のキャンパス対抗大会で3連覇を達成したことです。 団体行動には、言葉の壁を越えて人を結びつける力がある。私がスポーツから得たものは、単なる高い身体能力にとどまらない、かけがえのないものばかりなのです。

 

あなたが日本に来ることになった経緯を教えてください。

JICA日本語生徒研修というプログラムの一員として、日本を初めて訪れました。2003年のことでした。参加したのは、南米の日本語学校に在籍する成績優秀で将来の日系社会の発展に貢献するために十分な素質のある14歳から16歳の生徒たちです。日本人の海外移住の歴史に関する学習、中学校体験入学、ホームステイ、その他の各種研修が行われました。自分たちのルーツに対する理解と日本に対する理解を深めることを目的とし、約30名の生徒が一カ月間日本で一緒に生活をします。この研修を通して私はたくさんの強い刺激を受け、とてつもなく素晴らしい印象を得て、またいつか日本に来て勉強したいという強い思いを抱きました。
しかし、常々思っていたのは、何か明確な目的をもった上で行きたいということでした。その目的を与えてくれたのは、またしても陸上でした。
大学生の時に教授兼陸上のコーチである偉大なコーチに出会い、私は彼に対して強い憧れを抱きます。大学での陸上生活を経て、自分には選手として大成する可能性が残念ながらないと悟ってからは、コーチのような指導者になって役に立ちたいと思い、約2年間恩師の元でたくさんのことを学びました。また、大学に通うため実家を離れたときには、いつの日か故郷へ戻って学んだ技術を生かし、地域に貢献出来ればという思いもありました。しかし、彼と全く同じ指導スタイルを目指すのではなく、少し違うアクセントを加えた特異な存在になりたいと考えていました。そこで、アメリカやロシアのように陸上の強い国ではなく日本に選んだのです。その理由は四つあります。一つ目は、日本ではまだマイナーなスポーツではありますがここ数年徐々に成績を上げてきている事。二つ目は、現在私が勉強している日本ウェルネススポーツ専門学校に所属するブラジル人と日本人のクォーターで、400mハードルの現役選手兼コーチである杉町マハウ選手がいるからです。彼はブラジル代表の選手ですが、日本で練習をしながら、北京オリンピック、世界選手権に出場したほか、ブラジル選手権を6連覇するなど、輝かしい戦績を持っています。そしてもう二つは、私の祖父母と父の母国である日本の文化をスポーツを通して学びたいということ、そして自らの日本語能力も活かしたいと思ったからです。現在は、「日本財団日系スカラーシップ・夢の実現プロジェクト」という奨学金の支援によって日本で勉強することができています。この奨学金制度は、居住国と日本の相互理解やその地域社会発展への具体的な計画や夢を持つ若い日系人に対して、その実現のために日本への留学の機会を与えるプログラムです。様々な思いが一致し、その上完璧ともいえる奨学金と素敵な仲間に出会えた私は本当に恵まれています。お世話になっている奨学金の担当者の方々や先生方及び友人、そして何よりも神に心からの感謝を捧げます。

 

日本でどのくらい滞在したいか、日本で何を成し遂げたいかなど、あなたの日本での今後のビジョンを教えてください。

日本に来た当初の私は、2年間の滞在を終えたらブラジルに帰るつもりでした。しかし現在、その気持ちがまさに変わろうとしています。将来指導者になるにあたって日本でしか勉強や研究ができないことを見つけたからです。現在学んでいることをさらに拡大し、必ず母国で活かせて、発展につながるものだと思います。そのため、奨学金の延長を検討しています。

私たち日本財団日系スカラーシップ奨学生は、日本で自分の専門分野に磨きをかけるとともに、社会貢献における様々な活動に取り組んでいます。そのいくつかの例としては在日日系人子弟の教育問題支援、日本社会との交流、学校訪問、通訳ボランティアなどです。したがって私も在日中は日本から学ぶだけではなく奨学金の先輩達のようにもっと貢献したいと考えています。
実は今まさに、その活動の企画を立てている最中です。主な内容は、私の通っている学校で国際交流を開くことになりそうです。極めて独特の学校であるため、外国人とふれあう場を作り、異文化を知ってもらい、親近感を持ってもらいたいからです。また、私達日系人の事、そしてブラジルにはこんなにもたくさんの日本人・日系人がいるという事実も知っていただけたらと思っています。
また、日本は2020年に東京オリンピックを控えているためスポーツを通しての企画とスポーツの魅力をより多くの人に伝える活動もしたいと考えています。将来は陸上の指導者兼母国と日本の架け橋となり、スポーツを通して両国に貢献できる仕事がしたいです。現在は今後のプランを立てながらも、一日一日悔いのないよう目の前のことに真剣に取り組み、充実した毎日をすごしています。そして、この積み重ねが自分を理想の未来へと導いてくれると信じています。
最後に、ブラジル人がよく口にする大好きで勇気をくれる言葉を紹介します。「Nunca ? tarde – ヌンカ・エー・タルデ」。「けして遅くはない・遅すぎることはない」と言う意味です。人生は一度きり! だから、皆さんも夢ややりたいことがあるなら是非チャレンジしてください。

[インタビュー日:2015年2月]

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