ヘッダーロゴ画像 GAKUSEN GLOBAL

テキスト画像 日本で学ぶ優秀な外国人留学生を検索して採用するサイト


メインビジュアル画像 留学生 顔写真

単なる通訳者を越えた
幅広い確かな知識で
生活に苦しむ人々に対する支援活動を
行う

言語能力にとどまらず多くのスキルを身につけ
総合力で自分の理想を目指して邁進する

Tsai Yi lun
サイ・イリン
台湾出身
神戸大学 人間発達環境科学研究科 人間発達専攻

氏名

Tsai Yi lun(サイ・イリン)

国籍

台湾

日本語能力

母国語レベル

使える言語の種類

日本語 (母国語レベル)
台湾語 (母国語)
中国語 (普通語、母国語レベル)
英語 (母国語レベル)

在住

東京都

学校名

神戸大学

学部・学科

人間発達環境科学研究科 人間発達専攻

学年

修士2

卒業年度

2015卒

志望業種/業界

コンサル
メーカー
広告
海外事業

志望職種

クリエイティブ系
事務・管理系
専門系
総合職

希望勤務地

関東・関西

学生団体

---

テキスト見出し この留学生の雰囲気と日本語能力を動画で確認

日常または過去にどのような活動(例えば学生団体所属等)に力を入れていますか?または入れてきましたか?

まず挙げられるのはビジネス通訳の実践です。全部で3つの取り組みがあります。まず1つ目は、大学の分野が中日通訳・翻訳及び商学(国際貿易、マーケティング及び経済学)にて、毎日非常に厳しいレッスンを受けていました。この経験が今の自分の語学力及び基礎のビジネス能力を作っているのだと思います。ここで手に入れた能力を使って実際に通訳者及び営業としての仕事をこなしたことがあります。例えば台湾と日本の企業の商談の際に一つの会社について日本語から中国語、中国語から日本語の双方向の通訳を行いました。2つ目は、私には社会人としての仕事の経験があります。インターンを含め、合計で2年ほど社会人を経験したのですが、初めは台湾における液晶メーカーで正社員である海外営業部の営業アシスタントとして入社します。そこで必死の努力が認められ、たった2ヶ月で一人前の営業職への昇進を果たすことができました。そして私は海外につながる教育関係の舞台で活躍したいという願望があったのでその後転職し、留学を希望する台湾人をサポートするコンサルティング業務を行ったのです。そして最後に三つ目ですが、これは日本での修士論文の際の努力になります。私のテーマは「自閉症児の美術教授法について」でしたので、どうしても自閉症の方々、その保護者及び教育関係者の協力が必要でした。しかし研究の趣旨をしっかり理解してもらい、同意書を書いてもらうまでには想像をはるかに超える、非常に高いハードルが立ちふさがっていました。そこで私は焦らずに彼らが参加する活動に積極的に同行するなど、時間をかけてゆっくり信頼関係を築き上げ、約4ヶ月かけてすべての対象者に同意書のサインを頂くことができました。

 

その中で、自分の行動により得られた結果・実績を教えて下さい。

私は大学の専門は通訳・翻訳、つまり語学です。この生活の中で、私は語学以外に自分を特徴づけるアイデンティティがないことに対して不安感を抱いていました。しかし大学卒業後の2年間足らずの社会人としての経験を通じて、電子・電気系の専門知識などの新しい自分の強みを多く確立することができたのです。さらに通訳という仕事を通じて強い「責任感と集中力」も養うことができたと考えております。通訳で最も大切なことは「話し手の意図を変えずに翻訳する」ことです。自分の翻訳の方法ひとつで会社の意図が正しく伝わらずに交渉が決裂してしまうなんてことにもなりかねませんから、非常に重要な役割を担っているという責任感と、話し手の意図を細かいニュアンスも含めて完璧に把握する集中力が身に付きました。それに加えて通訳とは常に国境をまたいで行うものです。なので毎回、文化の違いという壁が立ちふさがります。通訳者は単に言葉の壁をなくすだけではなく、このような文化の違いも感じさせないような対応が求められるのです。例えば台湾の会社の通訳を担当する際には、事前に日本人のお酒の席での文化の違いを細かく説明し、相手との交渉を円滑に進められるように取り計らいました。このような気配りの能力も通訳から得られた貴重な財産だと感じています。

 

あなたが日本に来ることになった経緯を教えてください。

私は小さい頃から日本に興味があったというわけではなく、高校の必修授業で日本語の勉強を義務付けられたことが日本との関わりの始まりでした。当時はそこまで勉強に身が入っていなかったのですが、ある時学校のほとんどの生徒が日本語能力試験を受けるということで、自分もその流れに乗って受けることにしました。そして日本語を真剣に勉強するようになったのです。大学生活も終わりに近づいた頃、日本の大学に交換留学に行けるプロジェクトの存在を知りました。自分が言語を学んでいる国が実際にどのようなものなのかをこの目で確かめたいという思いから、そのプロジェクトに応募し、1年間大阪で交換留学生として初めて日本を訪れます。私は当時日本史に興味がありましたので、現地でアルバイトをしてお金を貯めては歴史を感じられる場所へと足を運びました。実際に生で見た日本の歴史は非常に感慨深いもので、また日本に帰ってきたいという思いが芽生え始めます。そんな時、交換留学で訪れていた大学の教授に日本の大学院を受験することを勧められたのです。ありがたいことに京都大学の教授にも承諾を頂くことができて、大学院受験を決めます。本当は大学を卒業後にすぐ行きたかったのですが、残念なことに奨学金がおりませんでした。そこで2年間台湾で社会人として生活し、2012年、奨学金を受け取ることができ、大学院生として再び日本にやってきました。現在は神戸大学の修士2年生として障害学、心理学及び美術教育学に関する分野を楽しく学んでいる日々を過ごしていました。2015年の3月にも教育学の修士号を取得できる見込みです。

 

日本でどのくらい滞在したいか、日本で何を成し遂げたいかなど、あなたの日本での今後のビジョンを教えてください。

少なくともあと10年は日本に住みたいと考えています。私は10年前に日本語を勉強し始めましたから、また10年したら新しい未来が待っているような気がするのです。そして私の日本で達成したい目標についてですが、通訳を経験して身につけた語学力、さらには大学院での生活を通じて身につけた障害学についての知識を使って、アジア圏における障害者アートの関連組織とのつながりを強化する、障害者に対して美術を学ぶ専門教室を開講するなどして、障害者の方をはじめとする多くの方への支援を行いたいと考えています。現在は語学だけではなく、調査及び提案などのスキルを手にすることができましたから、これらを存分に活かして、目標に向かって頑張りたいです。

[インタビュー日:2015年2月]

この学生を・・・

  • 面談を依頼する

  • 会社資料を送る

  • 会社説明会に呼ぶ

  • インターンに誘う

  • アルバイトに誘う

  • お気に入りリストに登録する

企業ログイン

バナー画像 GAKUSEN GLOBAL Facebookページ